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炎上と誹謗中傷について。│自戒を込めて。

このブログは、Twitterのフォロワーさんが10,000人を超えましたので自戒を込めて書かせてもらいました。思いのまま急ぎ書き殴ったので、多少誤字があったり、重複した内容で読みにくい部分もあるかもしれません。もしかしたら、ご気分を悪くされる方もいらっしゃるかもしれません。ただ、このブログは言い訳のためでも、被害者ぶって憐れんで欲しいわけでも、話題性のため書いたものでもありません。自分が体験したからこそ、炎上と誹謗中傷の実態をお伝えすることは”意味があること”だと思って書きました。最後までお読みいただけますと幸いです。

 

炎上と誹謗中傷を体験して

誹謗中傷は心に傷を残します。過去に炎上した経験があるから言えます。僕が炎上したのは2021年の9月の話です。いま思い返せば”自分の甘さが招いたこと”だと反省をしています。ただ、あの時のことを思い出すと今でも震えるくらい怖いです。携帯のバイブ音が恐怖に変わりました。「炎上や誹謗中傷なんて自分には関係ない。」と思っていました。でも現実に炎上と誹謗中傷を体験しました。だからこそ、この体験をみなさんにお伝えできればと思ってブログを書きました。炎上内容を知らない方もいらっしゃるはずなので、まずはツイートの内容をお伝えします。

 

炎上したツイートの内容

※ツイートの内容は以下のものです。

実は、エリートと呼ばれる人の中にもこれを知らない人も多いのですが、ネクタイは「ディンプル」という「くぼみ」をつくって結べばオシャレさが増します。でも葬儀や謝罪の時にディンプルはNGです。なぜならその場に必要なのはオシャレさではないからです。学校では教えてくれない、大人のマナーです。

このツイートは、自分がネクタイの縫製工場の職人で、ブランドの運営もしている立場から、皆さんに知っておいてほしいと思ってツイートした内容になります。キッカケと根拠は、自分が昔お葬式に行った際にネクタイにディンプル(くぼみ)を作っていて「オシャレ結びだからダメだ」と教えられた経験や、いくつかのサイトでも同じような内容が紹介されていることから、疑いもせず発信をしました。正直、「自分は絶対に炎上なんてしないから大丈夫」という根拠の無い自信と、たくさんの人に知ってほしいというエゴがありました。間違った内容とは思わず、むしろ有益な情報として喜んでもらえるとさえ思っていました。あとから考えれば、思い込みだけで丁寧さを欠いた曖昧な情報と表現だったと考えています。かなり燃えていたので、見たことのある方や「あの時のアイツか」と思った方もいらっしゃるんじゃないでしょうか。このツイートの主が僕です。

 

しかし、こんな声をいただいたのが現実でした。

・金稼ぎのためのウソ
・押しつけるな

・そんなマナーはない

・商売のための炎上商法

・お前は皇室、王室もマナー違反してると言ってる。etc…

いわゆる炎上商法のつもりも、マナーを押しつける意図も、皇室やイギリス王室を批判する意図全くありませんでした。しかし、過去、上皇様やイギリス王室の皆様が葬儀に列席をされているときの服装の写真をみた方が、「ネクタイにディンプルがある」と画像を張り付けられました。ここをキッカケにコメントや引用ツイートで悪い意味での拡散が始まりました。「こいつは皇室、王室をマナー違反と言っている」「嘘マナーを吹聴する奴をぶっ潰せ」という火種が生まれ、さらに「服飾専門学校の本にも書かれてない」「葬儀屋だが聞いたことがない」「知ったことじゃない」という批判的な声が雪だるま式に増えていきました。それがまとめサイトに取り上げられたことで、もっともっと大きく炎上をしていった経緯です。ちなみに、このツイートをする前に調べる中で「ディンプルは葬儀の時にはNG」とブログで書いていらっしゃる方がいたのですが、この炎上をご覧になられたのか、ご自身のブログに記載していた情報を”削除”して、逆に批判に加わってこられていました。

 

時間が経過するにつれて、「意見」という皮を被った「誹謗中傷」へ…

最初はすこしの違和感でした。賛否のある内容なのかな?と甘く考えていました。気になりはじめた時は、いわゆる意見、指摘、批判の範疇だったのですが、時間が経つにつれて過激な声も届くようになりました。

・死ね
・キモイ

・クズ野郎
・燃やせ燃やせ
・普通に消えてほしい
・土下座して謝罪をしても許してやらない

・晒さして消してやろう

・さぞ立派な家業なんでしょうね、嘘つきを育てるような

・こういうやつは家族ごと苦しめばいい

・とりま、不買運動のためにRTしよう
・叩かれてて草

・エセマナー講師は害悪だから撲滅

・追い詰めて息の根をとめろ。 etc…

どんどん、誹謗中傷の域に入っていきました。指摘や意見は大切です。それを否定するつもりはありませんし、受け入れるべきものもたくさんあります。ただ、中には「あくまで意見だ」「指摘しているだけだ」「発言の自由」というスタンスで叩いてくる人たちがいました。中には、「FF外から失礼いたします。あくまで意見なのですが、死んだ方がいいのでは?」といったような、丁寧な言い方を装って殴ってきたり、思いやるようなフリをして牙を向いてきたり、あきらかに攻撃的で過激なものもあり、まさに”意見”という皮を被った”誹謗中傷”だと感じました。僕が曖昧な情報を出してしまったことに原因があるのですが、煽るつもりもウソをついたつもりもありませんでした。

 

正直に言えば、最初は、「そんなに人格否定までされるようなツイートじゃないだろう」と思っていました。悔しくて悔しくて、”ちゃんと説明をしなきゃ”とも考えました。ただ、続々と届く誹謗中傷の声を1人で受けて、怖さがどんどん増幅していきました。通知をミュートにして見ないようにしてみても、やはり気になってみてしまう。「大人として、会社として説明責任があるだろう」と言われてしまえばそうだと思います。いま思えば、”あの時こうしておけば/ああ対応しておけば”と思うことは山ほどありますが、『このタイミングに何を言ったとしても圧倒的多数で書かれる匿名の反論に潰される』という恐怖の感情しか湧いてこなくて、何もできなかったというのが現実です。「証拠」「参照元」「エビデンス」を出せと迫られましたが、仮に「このサイトに記載があります」などとURLを載せて紹介をしたら、何も知らないサイトの主さんに、思わぬ被害が出てしまう可能性があると考え、自分で受け止めるしかなかったのが現実です。

 

本当に悔しかったのは、やはり親のことや家族のことまで知らない人に否定や批判をされたことです。指摘や意見を通り越した行動や発言は、間違いなく誹謗中傷です。

 

 

冷静な判断ができなくなりました

傍から見れば冷静な判断ができるのかもしれませんが、あの時は普通の精神状態ではなかったと思います。あまりに過激な投稿をしてくる人はブロックもしました。耐えられなかったからです。すると「ブロックされた」と晒されました。結果的に”これ以上広がらないように”と投稿を削除したのですが、「ツイ消し逃亡者カス」と追いかけられました。論破されてて草。ウケる。叩かれてる人見るの楽しい。たくさんの攻撃的な傍観もありました。最近でもツイートが伸びるとたまに当時のスクショを魚拓(リプ欄に貼られてまた晒す行為)されることがありますし、特定のワードで検索をするとこの件についてブログでまとめている方もいらっしゃいます。どんな内容であれ、1度炎上をすると無期限晒し地獄になるのだと知りました。なるべく見ないようにと心がけてはいますが、それでも目に入ってしまうことがあって、その度に当時のことがフラッシュバックしてしまったり、自分で自分を責めて、縮こまって怯えてしまいます。

 

気にしないなんて無理

まわりからは「気にするな大丈夫」と言われますがハッキリ言って無理です。身から出た錆ですが、このトラウマは一生消えないとおもいます。「そんな理不尽とは戦えばよかったのにと言われることもありますが、あのとき「誹謗中傷はやめて」と言ったとしても「被害者ヅラすんな」「発言は自由」「お前が悪い」「意見を聞かないのか」などと、意見という皮を被った匿名の誹謗中傷で反撃されるだけなんじゃないかと思うと、何もできませんでした。ちょっと叩かれたくらいで大げさとか、大したことないだろうとか、これくらいなら言っても大丈夫だろうとか思うかもしれませんが、ほんとに死にたいとさえ思うほど落ち込みました。追い詰められて、「このままハンドルを切らなかったら…」「2階から落ちたら…」と、吸い込まれそうになる感覚を経験しました。無意識にです。自分はちょっと叩かれたくらいでは凹まない人間だと思い込んでいました。ニュースでこの手の内容をみていても、どこか他人事に感じていました。ですが、当事者になって痛すぎるほど気持ちがわかりました。

 

家族にも心配をかけた

家族にも心配をかけるくらい正常ではない状態が続きました。たくさんの応援の声もありましたが、やはり攻撃的な少数の声は圧倒的にボリュームが大きくて、そちらに意識が向いてしまいます。どんどん自分を追い込んで、励ましの声すらも偽善に聞こえてきて、誰も信じられなくなりました。それでも、少しこのことに自分で触れられる勇気がでてきたのも、家族や仲間たちがずっと支えてくれたおかげです。あのときは支えてくれたのに辛く当たってしまったりして、ホントに悪かったと思っていますし、それ以上に感謝をしています。

 

ツイートの真偽について

このネクタイのディンプルマナー炎上の件に関して今僕が言えるのは『自由であり、マナーとして押し付けるものではない』ということです。自分の間違いを認めたくないという意図で名言を避けているわけではありません。間違っていたと僕が結論づけていいものではないと思っています。ただハッキリしない曖昧な情報を、さぞこれが正しいマナーというような決めつけの発信をしてしまったことは事実です。当時のツイートを見て不快な思いをさせてしまった方、どん底にいるときに心配をかけてしまった方たち、ごめんなさい。

 

誹謗中傷は心に消えない傷を残す

あらためて伝えますが。誹謗中傷は心に消えない傷を残します。ハンパなくシンドイです。正直、死にたいとさえ思いました。死んでしまえば保険金で家族にいくらか楽な生活がさせられるかな…、いつもより痛い感覚が鈍いから高いところから落ちてしまおうかな、など、正気の時には考えないようなことを考え始めます。自分には無関係だと思っている人こそ危ないです。いつ対象者になるかわかりません。僕も他人事だと思っていました。メンタルがズタボロになって、何度も発信をやめようと思いましたが、それでも1日も休まずに発信をしてきたのは伝えたいことがあるからです。何者でもなかった僕が家業の小さな縫製工場を継いで、誰にも知られていなかった”ゼロ”のところから発信をはじめました。毎日コツコツと発信をしてきて、少しずつ知ってもらえるようにもなってきました。ここでやめてしまったらこれまでやってきたことが無駄になると思いました。だからこそ、もっと丁寧に発信していきたいと考えるキッカケになりましたし、そのときに出会った、“フォロワーの数は自分に向けられた銃口の数”という言葉は、今も胸に焼き付いています。

 

このブログを書いた理由

このブログを書いた理由は、Twitter10,000人を超える方にフォローをいただく節目を迎えたからです。感謝の気持ちでいっぱいです。その中で、自分に何ができるのかを考えました。もちろん継続して発信をしていくことが最大の恩返しだと思うのですが、いつ誰に起こるかわからないことを、自分の痛い経験をとおして伝えられればいいなと思いました。自戒を込めて書いていますがキズをえぐるような感覚もあり、思い出しながら書いているいまも心臓が”ギュゥゥゥッ”となっています。紹介したような攻撃力の高いコメントもあれば、こんくらい大丈夫っしょというような。ちょっとしたジャブ的なものもあります。ただ、そういうのも積もれば致命傷のダメージになりますし、少なくとも僕は一生忘れないと思います。だからこそ発信をしている人たちには気をつけてほしいです。被害者ヅラをするつもりは一切ありません。自分の発信に曖昧さがあり、配慮が足りなかったと思っています。だけど、これを最後まで読んでくださった方の中で、バレないだろうと書き込みをしてしまったことがある人がいらっしゃれば、ちょっとだけでいいから考えてみてほしいです。指一本で人殺しができる時代とはホントにそうで、たまたま僕はこうして発信をできるまでに回復をすることができましたが、一回のダメージで死んじゃう人もいると思うんです。

 

発信者は叩かれても仕方ない?

・発信者や有名人は叩かれて当然
・この人は言ってもいい人という決めつけ
・世直しのために見せしめとして晒してしまえ
・「意見を言うのは自由だ」という正当性を被った誹謗中傷・
・おもしろがって、みんな言ってるから、自分がちょっと言ってもバレないしたくさんの中の1つだから大丈夫

こういう考え方って少なからずみんなの中にあるものだと思うし、特別なことではないと思います。だからこそ、自分は誹謗中傷なんてしないって思ってても、気づかぬ内に”する側”に回ってしまっていることってあると思うんです。ニュースで何度も見た「いじめ」や「誹謗中傷」の報道。そこで亡くなられた方や、傷ついて壊れてしまったりしてる人を見聞きしてて、特に命がなくなったときには「いじめや誹謗中傷はダメだ」と話になるのに、気づけばまた同じことが繰り返されている。これをゼロにすることはできないのだろうかと、体験したからこそ心底おもいます。たった一言、たった一行で人は殺せます。みんながやってるから自分も大丈夫。そんなこと、通用しないです。正義の味方のふりをした無責任な攻撃は、人を簡単に壊すんです。

 

内心

自分で言うことで気持ちを軽くしたいというエゴがあるのかもしれません。正直ネットからこの炎上に関する内容が全部消えたらいいのにと思ったりもしますが、無理なのは理解しています。この発信をみて「結局それぜんぶお前が悪いから報いを受けて一生苦しめ」と感じる方もいるかもしれません。そう言われるんじゃないかと思うのも、ちょっと怖いです。極端なマイナス思考だなと感じられる方もいらっしゃるかもしれませんが、これくらいのことを毎日考えてしまうような精神状態になってしまうんです。それでも、過去は消すことはできないし、これから自分と向き合ってこれからの発信をしていくためには、逃げちゃだめだと思いました。

 

ネットで誹謗中傷を受けたら…

炎上や誹謗中傷を受けるような危険性のある発信をしないことが何より大切なことはもちろんです。ですが、どれだけ気をつけていたとしても、意図しないことで情報が拡散されてしまうことがあります。正直、これを100%防ぐことはできないのかもしれません。だからこそ、起きてしまった後のことを考えておくことも大切なのではないかと思っています。ただ、正解はありません。状況や環境が違えば対処の方法も変わってきます。だから、僕がお伝えすることはあくまで1つの参考だとおもって考えてみてください。

 

1人じゃないんだということをちゃんと知ろう

応援の声が100個あったとしても、1個の誹謗中傷の声の方が大きいです。そこにしか目がいかなくなってネットの世界にのめり込んでいってしまいます。あたかも「叩かれている現状がこの世界の全て」のように見えて、視野が狭くなって、まわりが見えなくなります。どんな励ましも聞こえなくなってしまいます。だからこそ、まわりをもう一度みてほしいです。SNS上での応援の声だけじゃなくて、リアルで知ってる人たちがたくさんいます。自分のことを好きでいてくれて、ずっと支えてくれる人はいます。1人にならずに、まわりに助けをもとめましょう。

 

知らない人の方が多いという事実を知ろう

ネット上を見れば、コメントや引用で辛辣なことを書かれています。これから先もそれは消えないのかもしれません。ただ、SNSをやっていない人たちや、炎上した内容さえしらない人たちはたくさんいます。たしかに拡散性が高くて見ている人も多いのかもしれませんが、叩いてきている人はほんの一部の人だと考えましょう。極論言えば、道ですれ違う人たちはほぼ炎上の件は知らないです。粘着質に追いかけてくる人たちは少数なんです。その他大勢の人たちは「ながら見」しながらスルーして言っています。楽観的に考えればいいという話ではなく、メンタルを保つための思考の話です。

 

時間が薬になる

人の記憶はそう長持ちしません。完全に回復することはないですが、自分のメンタルも同じです。ある程度の時間が解決してくれることがあります。ツラい時間を過ごすことになるかもしれませんが、まわりにちゃんと助けを求めて、時間を過ごしていくことができれば、少しずつ心の緊張が解けていきます。

 

自分もいつでも誹謗中傷”する側”にまわる可能性を持っている

この体験以降、強く感じるようになったのですが、情報発信をする前に「こんな批判がくるかも」と危険を予知したり、「こんなこと言われたら嫌だな」とリアルな例を想像したりする時点で、いつでも誹謗中傷を”する側”に回る可能性があるんです。それを表に出したり、相手にぶつけたりするかどうかの違いなだけ。これを、絶対に忘れてはいけません。

 

町工場の三代目として

祖母が創業して母が守り育てた家業を継いで、三代目としてのプレッシャーと会社の代表としての責任を背負い、「一人でも多くの方に自分たちの仕事(存在)を知ってほしい!」と、必死にやってきた中で起きたことでした。それが空回りしてしまった結果、炎上するような事態になってしまったのかもしれません。とはいえ、このまま止まるわけにもいかないし、この経験を知ってこそできる判断や行動もあると思うんです。それに、ここでこの過去に向き合うことが出来なかったら、会社どころか、社員さんや家族すら守れません。その覚悟をもって、この機会にブログを書いています。ある意味、このことに自分で向き合って、魚拓されたり、粘着質に追い回されたりするよりも、自分であの時のことを語って清算をし、区切りをつけたいです。それでも、悪意をもって粘着質に追い回してきたり、誹謗中傷をネットに書き込む人がいるなら、それなりの対応を真剣に考えます。今後、精いっぱい丁寧な発信を心がけながら、もし同じようなことが起きてしまったら、改めて落ち着いた対応をすること。そして、場合によっては同じような想いをした人に寄り添える心の余裕を持って生きていきたいと、心底思っています。

 

最後に

思わぬ炎上や誹謗中傷で傷ついている人たちはいると思います。正直、同じような経験をした人に「大丈夫」と声をかけられる自信はありません。だって、たぶん大丈夫じゃないし、大丈夫かどうかは本人次第だし、強い人ばっかりじゃないし、自分のモノサシだけで他人は測れないですから。もしかしたら、自分の中に閉じ込めてしまっている人もいるのかもしれないし、忘れようと努力をしている人もいるかもしれません。もしかしたら、成すすべなく壊れちゃった人もいるかもしれません。めちゃくちゃ怖くて悩みましたが、経験をしたことがあるからこそ伝えられることがあると思って書きました。もしかしたらコレ自体が炎上するかもしれませんが、自分が壊れそうになるまでは消さずに残しておきたいと思います。

 

この発信が誰かに届いて、何かがすこしでも良い方向に変わればいいなと思っています。
そして僕は、元気です。

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